『恋』ってやつは、どでかいギャンブルみたいなもんだとずっと思ってた。 相手に気持ちが通じるか、通じないかの賭け。 誰かに持って行かれるか、ちょっとしたことで嫌われないかのスリル。 なかなか面白そうで、誰か俺を『恋』ってゲームに引きずり込んでくれねえかなって思ってた。 ―― 実際に、『恋』に引きずり込まれる前は Love Game カードを捲るたびに向かいに座る対戦相手の顔が青を通り越して白くなっていくのを、ロベルトは無感動に眺めていた。 勝負は大詰めの崖っぷち。 ロベルトも全財産を賭けているが、目の前の男は財産に加算して人生も賭けているような状況だ。 奈落の淵に目隠しをして立っているような緊張感と、これ以上ないギリギリまで相手を追いつめる勝負はロベルトの最も好む勝負のはずだ。 だというのに。 (・・・・つまんねえ。) ポーカーフェイスの下で、口に出したなら目の前の男が凍り付きそうな程冷たくロベルトはぼやいた。 そう、つまらない。 それどころかロベルトはかつて無いほど苛々していた。 もちろん、目の前の勝負など原因ではない。 まあ、目の前の勝負が八つ当たりの対象にすらならないほど弱い相手であるのは一因かもしれないが。 負けるわけがない勝負に時間をかけるのも鬱陶しくなって、ロベルトはさっさとカードを切った。 途端に目の前の男が力無くカードを落とす。 「悪いな。ゲーム終了だ。」 感情のまったく籠もらない声で告げたロベルトの言葉は男にとっては死刑宣告も同然だっただろうが、そんな事にもなんの感慨も興味も湧かず、ロベルトはさっさと席を立った。 (どいつもこいつも相手にならねえ。) ちらっとホールに目を走らせるが、ロベルトに勝負を挑んでこようという気概のある馬鹿はいそうにもない。 もっとも、そんな奴でも先刻からのロベルトの様子を見ていれば嫌でもわかるだろう。 今夜のロベルト=クロムウェルが酷く不機嫌であることぐらい。 そんなロベルト相手にゲームをしようなどという奴は、とっくにギルカタールのどっかで骨になっている。 「・・・・随分、荒れてますね。オーナー。」 不意に横合いから声をかけられて、ロベルトはそっちへ目をやった。 ルーレットのディーラーの席にいた副支配人も務める男は、軽く肩を竦めていた。 「さっきからお客様が怯えていらっしゃいますよ?」 「・・・・そうかよ。」 「どうかされたんですか?」 オーナーの性格をよく知っている副支配人にしては珍しい問いかけにロベルトは苦笑いを浮かべた。 「どうかしてるように見えるか?」 「それなりに。」 微妙なニュアンスにロベルトは苦笑の体裁すら放り出して、不機嫌そうにぼそっと言った。 「なあ、祭りって明日だってのは確かなんだよな?」 「は?」 「だーかーら、祭りだよ、祭り!前にてめえらが言ってたやつ!」 「ああ、デートの定番とか言っていたんでしたっけ。そうですよ、明日で間違いないです。」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・だよな。」 やけに長い間の後に、呟いたロベルトは眼を合わせたら即刻喧嘩を売られそうな殺気と、耳を伏せて落ち込む猫の寂しさを両方持っていて。 なんとも反応出来なかった副支配人に背を向けてロベルトは何も言わずに自室の方へと去っていってしまった。 「・・・・まさかオーナー、誘われなかったんですか。」 うっかり聞かれたら命が危ないかもしれない言葉を思わずという感じで副支配人が呟いたのは、もちろんロベルトが去って大分たってからの事だった。 「・・くそっ!」 自室に辿りついて最初にロベルトがしたのは、自分のシルクハットを感情のままにベットにたたきつけることだった。 柔らかいシーツの上で緩やかに跳ねるだけの反応が余計に腹立たしくて、ロベルトは乱暴にベットに倒れ込む。 カジノ王を目指すと豪語しているだけあって、常人より遙かに収入の高いロベルトの財力を象徴するようなベッドは柔らかく難なくロベルトの身体を受け止めた。 それは別に悪いことではないはずなのに、ロベルトはやけに腹がたった。 いや、別にベッドだけではない。 何もかもに苛々する。 そしてその感情の根底になにがあるのか、ロベルトは当然わかっていた。 いたって単純な事だ ―― 欲しかった言葉を、誘いをもらえなかった、ただそれだけ。 そもそもほんの数日前、ディーラー達が数日後の祭りの話をしているのを耳にしたのが発端だった。 興味のない事にはとことん無関心なのがロベルトの性格なので、今までであればそんな話も右から左に通すだけで忘れてしまうのが常。 しかし今年は違った。 祭りはデートの定番、と言われ脳裏に浮かんだのは一人の女性。 夜色の髪と、藍色の瞳をもつこの国の第一王女、アイリーンの姿。 王様相手に無謀そのものな取引を持ちかけ、なんとかそれに勝とうと必死になっている彼女に引っ張り回されるようになったのはほんの数日前のできごとなのに。 それなのに、一緒に出かけるようになって距離が縮まった途端アイリーンはあっと言う間にロベルトの心の中に入ってきた。 『普通』になりたいと言いつのっているわりに、ロベルトをからかう時の顔はギルカタールの人間そのもの。 意地が悪いかと思えば、それは綺麗に笑ってくれる。 無邪気だったり、格好良かったり、非情だったり、照れ屋だったり、どんどん見えてくる新しいアイリーンに出逢うたびロベルトの心の中でトクン、と音がする。 そうして気が付けばアイリーンはロベルトの心の一番真ん中に艶やかな笑顔を浮かべて座っていた。 ロマンス小説の愛読家であるロベルトにこの感情に名前を付けられないわけがない。 これが『恋』というやつなのだ、と。 そう自覚したては正直嬉しかった。 『恋』というゲームに参加したような気分になったからだ。 ・・・・でも、最近気がつき始めている。 「・・・・プリンセス・アイリーン」 呟いて、途端に締め付けられたように痛む胸を抱くようにロベルトは丸まった。 最初は呟くだけで気分を良くしてくれたアイリーンの名が、最近はそうとばかりはいかなくなった。 まして今日は酷い。 明日は王都のデートの定番と言われる祭りなのに、ロベルトはアイリーンに誘ってはもらえなかったからだ。 (今朝同行の誘いがあった時には絶対誘ってくれると思ったってのに。) 最近アイリーンはロベルトをよく同行者に選んでくれている事を知っていたから、ロベルトもそりゃあ期待していた。 少しでも迷っている素振りがあるなら、自分から誘ってみるつもりですらいたのに。 朝は砂漠、昼はオアシス、帰りは砂漠・・・・ずっとアイリーンは迷うことなくモンスター退治に専念していて祭りの「ま」の字も感じさせることはなかったのだ。 まるで明日祭りなどないかのように。 だから結局ロベルトも誘いを口にすることも出来ずにアイリーンと別れてしまってカジノで八つ当たりに走っていたわけなのだが。 (・・・・誰かもう誘って、とか?) 考えた途端血が逆流しそうなどす黒い感情がわき起こった。 祭りの日にきっと惜しみなく振りまかれるアイリーンの笑顔を独り占めにする男が自分ではないと思うと、自分でも驚くほどの殺意が湧く。 他の婚約者候補達でもライルでも、その他の野郎共なら余計だ。 アイリーンの関心を引きそうな男など全部皆殺しにしてやりたくなる。 あの魅力的な藍色の瞳にうつる男は自分だけにしたい。 (あ〜・・・・小説の悪役の気持ちがわかるぜ。) お姫様を攫って閉じこめる悪役のように、そうできたらどんなにか楽かわからない。 けれどそうできないのは、攫って閉じこめたアイリーンの瞳はけしてロベルトを映さなくなるとわかっているから。 それこそ本末転倒だ。 「ぅあ〜・・・・」 妙なうめき声を上げてロベルトは大の字になった。 「ちっくしょう、楽しくなんかねえなぁ。」 ギャンブルのようにスリルも楽しめなければ、自分の手札すらも見えないし、まして相手のカードなど僅かだって見えやしない。 (けど、降りようって気には全っ然、ならねえんだよな。) そこがまた厄介だと思いながら、ロベルトは似合わないため息を一つ付いた。 「この勝負に絶対勝てるイカサマ教えてくれんなら、全財産やってもいいぐれえなのに・・・・」 ぼやいた言葉は、自分の口から出たくせに笑ってしまうぐらい情けなくてロベルトは思わず自分の目を覆った。 途端に瞼の裏でアイリーンが鮮やかに微笑む。 (・・・・いかれてるぜ、まったく。) 嫉妬で胸がジクジク痛むのに、同時にアイリーンを恋う甘さが浸食していくのだから。 ついっとロベルトの口の片端が笑みを形作った。 ―― 初めて知った『恋』は、想像していたような楽しい賭けではなかった。でも (こいつは勝負だ。賭じゃない、勝負。) 勝ちの賞品は勝利の女神そのもの。 「―― 俺は勝ちますからね、プリンセス。」 挑戦的な呟きを口に乗せたロベルトは、勢いよくベッドから起きあがるとさっさと寝支度を整えにかかった。 とりあえずは、明日。 不可能に近くても、朝から祭の中をアイリーンを探し回って見つけなくてはならない。 他の男と過ごしているなら、もちろん奪い取っていくつもりで。 ベッドに潜り込んで灯りを落とした闇の中で、その時、アイリーンがどんな顔をするか想像してロベルトは満足そうに笑った。 ―― 想像していた『恋』とは違ったけれど、真剣勝負の『恋』の先には きっと、想像以上の未来が待っている・・・・・ 〜 END 〜 |